2014年07月24日

「怒る技術」という本

「怒る技術」… 中島 義道著、角川文庫(438円)を読んだ。

とても単純に感想を言ってしまうと「すんごい!参考になった。読んでよかった」という一言に尽きます。

日本では「怒る人」=「悪い人」になってしまう。

でも国によっては「怒らないと自分の権利を剥奪され、理不尽なことを要求されてしまうので、『怒る事がフツーに行なわれている』国もある」ということを知った。

また「怒る」という事は「負の感情」と言われているけど、でも誰でも怒りたくなることはあるはずだ。

でもその「怒り」を押さえ込み、なかったものにしてしまう、この風潮はいつまでたっても「怒りの感情の扱い方がわからない状態」のままとどまる事になってしまう。

パソコンの使い方を練習しないと、いつまでたってもうまくならないよう「怒る技術」を習得しようとしないと、いつまでたっても「怒り方がわからない、うまくならない」ということになってしまう。

そこでこの本は「怒り方」から「相手の怒りの受け止め方」まで書いてあります。

中島先生は哲学者ですが、日常生活でも常に「怒っている」そうです。日々実践してるんですね。

すごいなあ。怒り方も慣れるとうまくなるそうです。実は私もこの本を読んでからちょっとだけ実践し始めてます。

また「コミュニケーションスキル」の中で「自分の怒りをコントロールして相手に怒りを表明する技術」が一番、難しい。

「アサーション(アサーティブ)」というコミュニケ—ション技術があるけど、それを習ったとしても難しいと私は思った。

私が一番難しさを感じるのは「怒り(不愉快さ)を丁寧に(アサーションを使って)表明したにもかかわらず、『相手は無視する』もしくは『こちらが望むような解答が得られない』とさらに

怒りが増幅し、自分でも『もお!どうしようもないぐらい怒ってしまう』ということがたびたびあり、(自分自身)恐くて怒れなかった。

でもこの本では「怒りを(丁寧に)表明したとしても70〜80%、聞き入れてはくれないものを、認識しておく事が重要です」と書かれていて「やっぱりそうかあ、その認識がなかったからアサーションを使っても『難しい!』と感じたんだなー」と、とても納得しました。

実は「アサーション」はとてもとても、礼儀正しい怒りの表現方法。

でも世の中にはそれを使ってもわかってくれない人がたくさんいる。

「アサーションを使ってもわかってもらえない…。こういう場合はどうすればいいの??」っていつも悶々としてました。

さすがだ!中島先生。日々怒りを実践しているだけはある。

私はこの本を読んでから「誰からも好かれる善人」でいる事も辞めてしまいましたね。(だいぶ前から辞めてるけど)

誰からも好かれるなんでそんな事ムリだから。

もちろんどんな人にも不愉快な思いはさせないという「良識」は持ち合わせ、私なりに努力はするけど、でもどうしてもできない場合。(どうしてもその人と合わない時)は「いいやっ」って感じで投げてます。

もっと分かりやすく言うと、「自分はまわりに対し、良識(愛情)をもって接するが、誰からも好かれようという期待はしない」ということだと思う。

ただ、やはり例外はあって「自分より年下、もしくは社会的に弱い立場の人」にはやさしい目でみるようにはしている。(当たり前か)

でもこの社会は弱い立場の人ほど、(強い人からの)怒りの標的になりやすい。

それに関しては、またおちおち考えていこうかと思う。

親密な関係の場合、相手に不愉快さや怒りを表明するのは、まず土台に「その人に対する愛情」がないと成り立たないと感じることがある。

その人に嫌われるかもしれない。でもその人の全体が嫌いなのではなく、その一部分が嫌いなだけでそれさえなければ、その人のことが好きなのだ。そこを強調するといいのではないかと思うけど。

理想的ないい方をすれば「その人に愛情を感じさせるような怒り方」がいいんだろうなあ、と思う。

私のとりあえず、この本を読んで習得したことは「誰からも好かれようとは思わないが、どんな人に対しても愛情を持って接し、そして愛情を感じさせるような怒り方をする」(すごい理想論!)

できないかもしれない…。でもまあ、「怒り方」っていろんな「怒り方」があっていいと思うわ。

「とりあえず、怒る!自分の欲求を言う」という初歩的な怒り方が精一杯の時もあるだろうし、それはそれでいいと思う。やっぱり練習しないとうまくはならないからね。

私、ただいま「日々、怒りの出し方」実践中です。  


Posted by 幸男 at 02:01Comments(0)